一つの起点
TIME GATE   HARD FINAL EPISODE


 船室にはレガーノが待機していた。椅子に座って法術書を読んでいる。向かいの席にはゼファルが座っていて、お茶を飲んでゆっくりとしていた。レガーノはそれを気にする様子もなく、黙々と本を読んでいる。二人は言葉を交わすことはなく、沈黙の中で時間だけが流れていた。
 その沈黙を破ったのはレガーノだった。

「おや?ゼファルはスープが好きでしたよね。それなのにお茶を飲むとは珍しい」

 ゼファルはレガーノの言葉に反応して、一端カップを置いた。そして少し自慢げな顔をしながら話し始めた。

「ハーブを使ったお茶でな、体にはいいんだよ。昔は貴族とかが飲んでいたらしいが、今では簡単に手に入るものだから、ちょっと始めてみたんだ」
「ハーブを使うんですか…今回の件が終わったら、飲んでみたいですね。今度作り方を教えてくださいよ」

 二人の会話からは緊張感を得られない。まるで船旅を楽しんでいる仲間同士のような会話だった。レガーノは法術書から目は話さず言葉を続ける。ゼファルはまたカップを手に取ったが、視線はレガーノに向けたままだ。

「今回の戦い…勝てると思いますか?ゼストウラを相手に」

 ゼファルはレガーノの言葉を聞いて一瞬、きょとんとした顔をしてしまった。が、すぐに自信に満ち溢れた顔になる。これは、自信というより、確信に近い気もする。

「勝てるかどうか?…レガーノ、言わなくても解かり切ってるだろ」
「そうでしたね…私としたことが、ウッカリしていました。勝てるかなんてことはありません、私達は勝つために行くんですよね」
「解かっているじゃないか。この戦いは歴史に残る一大事だ、ゼストウラとダイハナンの運命を左右する戦いになるんだからな。それに戦いに行かない方が敗北ってやつだ」

 ゼファルは棚から大き目の板と駒のようなものをテーブルに置いた。小さな箱には駒が入っている。これはボードゲームの中では有名な「ケセック」というやつだ。交互に駒を動かし、相手のキングを取った方が勝ちというルールである。

「ケセックですか?私でよければお付き合いしますよ」
「敵地に乗り込む前の景気付けだ。手加減なしで行くからな」

 三十分後…。

「もう逃げれないですよ」
「な、何でこんな結果に…」

 一勝負やった結果、ゼファルの駒の大半がレガーノに奪われ、上手く逃げていたキングも、もうどう逃げても取られてしまう結果になっていた。悔しそうな顔をするゼファルだが、レガーノは対照的に余裕の表情である。

「い、いや、まだ活路は見出せるはずだ!」
「諦めが悪いですね、もう終わってますよ…」

 その時、大きく船体が揺れ、二人の全ての駒は床に落ちてしまった。揺れに耐え切れず、ボードの上にあった駒が、全て床に落ちてしまった。

「ハッハッハ。駒が全部落ちてしまったな。どう置いてあったかも覚えてないし、これはやり直しになるなぁ」
「意図的なものを感じるのは、私だけでしょうか?」

 落ちてしまったものは仕方が無いので、全て拾ってもう一勝負やろうとしたところで、アクレドとフェルスナーも部屋に入って来た。

「お?ケセックをやってたのか」
「船の上なんて暇だからな、さっきの揺れで駒が全部床に落ちてしまったから、仕切りなおしになったところだ」
「どう見ても私の勝ちだったでしょうが…」

 フェルスナーは何かに気付いたかのように、部屋の中を見回した。鼻をヒクつかせながら棚の上とかを調べている。

「いい匂いだわ…これって、ハーブティーの匂いだよね」

 ゼファルがカップを持ち上げる。

「今、俺が飲んでいるんですよ。最近凝っていましてね」
「薬草の、メツウェルを使っているんだね。あたしも飲んだことがあるわよ」
「そんなに欲しいなら、入れてあげようか?」

 ゼファルではなく、アクレドがそう言いながら、脇のテーブルにあったティーセットでお茶を入れ始めた。ついでということで、全員で飲むことにした。アクレドとレガーノはハーブティーを飲むのが初めてということだったが、アクレドは一口飲んでは考え込むような顔をする。

「メツウェルなら、ヒールポーションと同じ材料だよな。ヒールポーションも大抵不味いが、お茶にしても俺の好みじゃないな」
「薬が美味しいわけないのは、当たり前でしょう。お茶に関しては好みの問題ですね」
「あたしは美味しいと思うけどなあ」

 フェルスナーは嬉しそうに飲んでいる。美味しく飲めてないのはアクレドだけだった。アクレドは一気に飲み干してスープを入れなおし、そこで一息ついた。

「薬草はポーションだけで十分だ。あれだって飲みすぎると良くないんだよな」
「ポーションなのに?」
「稀な事例なんだけど、昔、凄い神経質な奴がいて、ちょっとした傷でもヒールポーションを飲んでいたらしいんだ。常にそうだったんだけど、ついに日常生活にまで持ち込むようになって、検査してみたら薬による中毒症だったらしいんだ。ハーブティ程度じゃ問題ないけどな」
「ふーん…薬も使いすぎると良くないってことね」

 ゼファルはニコニコしながらアクレドを手招きする。

「ニコニコして気持ち悪いな。ゼファルがそういう顔をする時って、大抵ロクでもないことを考えていたりするんだよなあ」
「そんなことないさ。ただ、今度はレガーノじゃなくて、アクレドにケセックの相手をして貰いたいと思うんだ」
「私に負けたからって、アクレドを相手にするんですか…」
「レガーノの代わりにケセックの相手するんだろ?別に構わんでしょ」

 それから十数分後…

「何でこうなるの?」

 ゼファルの持ち駒は、ほとんどがアクレドの手にあった。そして、解かりやすい配置で残ったキングも追い詰められていた。誰が見てもゼファルの負けである。違う点と言えば、レガーノよりも所要時間が圧倒的に短いということだ。

「ゼファルって結構弱いんだな」
「言ったことありませんでしたっけ?アクレドはケセックが強くて、私は1度も勝ったことがないんですよ」

 そういうことは早く言ってくれ。ゼファルは弱々しくそう言った。その弱そうな声は、見事なまでに打ち倒されたことを教えてくれてもいた。

 教訓:剣士だからって、ボードゲームが弱いとは限らない
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